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着替えは労働時間?裁判事例と企業の対応策を詳しく解説
制服に着替えて勤務を行う必要がある場合、着替えの時間は労働時間として扱われるのでしょうか?
1回の着替え時間は短いですが、労働するたびに生じるものであるため、トラブルが発生しないように注意が必要となります。
今回は、着替え時間が労働時間となる判断基準、企業の対策について解説します。
目次
1.労働時間とは? 労働時間の定義を確認
2.労働時間に関する判例~三菱重工長崎造船所事件~
3.労働時間に該当するケース
4.労働時間に該当しないケース
5.着替え時間を労働時間とした企業の事例
6.正しく労働時間と扱わない場合の企業のリスク
7.リスクを回避するために企業に求められる対策
8.まとめ
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1.労働時間とは? 労働時間の定義を確認
労働時間とは厚生労働省のガイドラインによると「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」のこととされています。
具体的には、①使用者の明示・黙示の指示に基づいて業務に従事する時間、②使用者の明示・黙示の指示に基づき、参加等が事実上強制されている時間とされています。
労働時間は、就業規則などの定めによって決まるものではなく、「客観的」に見て労働者が使用者の義務に基づいて労働しているか個別具体的に判断されます。
2.労働時間に関する判例~三菱重工長崎造船所事件~
「労働時間」の判断基準を示した「三菱重工長崎造船所事件」をご紹介します。
三菱重工長崎造船所では、造船所の従業員について、所定労働時間外に着替えや準備を行うよう義務付けられていました。
準備を怠った場合、就業規則に定められた懲戒処分を受けたり、業務成績に反映されて賃金に影響を与えるということがありました。
このような実態を受けて、従業員は以下の10個の準備時間について労働時間であり、賃金の支払いが必要であるとして裁判をおこしました。
出勤 |
①造船所の門を通って更衣室への移動 |
②始業前に更衣室で作業着への着替え・安全保護具の着用 |
③資材の受けだし、散水 |
④更衣室から作業所までの移動 |
休憩 |
⑤休憩時間の開始後に食堂へ移動して控室で作業着を脱ぐ |
⑥休憩時間の終了前に作業服を着用する |
退勤 |
⑦終業後に作業所から更衣室へ移動 |
⑧更衣室で作業着や安全保護具を脱ぐ |
⑨手洗い、洗面、洗身、入力 |
⑩更衣室から造船所の門までの移動 |
最高裁は、労働時間の判断をするにあたり、労働時間を「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」と定義しました。
労働時間は、「指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約などの定めのいかんにより決定されるべきものではない」としています。
そのため裁判で争われた準備時間について、就業規則や労働契約書などの定めを無視して「指揮命令下に置かれた時間」のみによって、労働時間であるか否かが判断されました。
結果として最高裁は、従業員が労働時間であるとした10個の準備時間の内②③④⑦⑧が労働時間に該当すると判断しました。
この最高裁判例の判断を受けて、指揮命令下にある始業前・終業後の着替えについては労働時間にあたると判断されました。
以降の労働時間の判断についても「指揮命令下に置かれているか否か」の基準が適用されるようになりました。
3.労働時間に該当するケース
労働時間の判断基準が「指揮命令下に置かれているか」であると過去の裁判例から示されましたが、具体的には以下の4つのポイントが基準となります。
・会社の明示の命令がある |
・会社の黙示の命令がある |
・会社が場所の拘束をしている |
・業務上通常必要とされている |
会社からの明示の命令がある(就業規則など)
就業規則や労働条件に制服などの着用が明示されている場合は、着替え時間は労働時間として扱われます。
例えば、「従業員は、原則として業務中は会社が貸与した所定の制服を着用しなければならない。」などの明記がある場合や、制服着用に従わない場合に懲戒処分や業務成績に影響を与えるなどの罰則が設けられており、制服着用を守らない場合に従業員側に不利益が生じる可能性がある場合などがあげられます。
会社からの黙示の命令がある
会社からの明示的な命令のみならず、黙示的に着替えに関する命令がある場合は労働時間に含まれます。
黙示的な命令とは、業界の通念上、業務では着替えることが安全衛生上必要があったり、就業規則に罰則の規定はないものの業務成績や賃金に影響があるなど、従業員が不利益を被る場合は黙示的な命令があるとみなされます。
直接的な影響でなくとも、何かしら仕事に影響があるもの(習慣も含む)は黙示的な命令があるとみなされます。
着替える場所の拘束がある
制服に着替える場所を会社の更衣室で行うなど場所の拘束をしている場合は労働時間に該当します。
場所を指定することは使用者の指揮命令下に置かれていると判断されるためです。
着替える場所を自宅、会社の更衣室のどちらでも良いとしている場合は、場所の拘束をしていないため労働時間とはなりません。
業務上必要とされている
業務上、制服の着用が必要とされている場合は労働時間に該当する可能性があります。
着替えることが業務を行うための準備とみなされるためです。例えば、職務の特性上必要である消防士や看護師、工場の製造現場で働く人などは着替えの必要性があるため労働時間に該当します。
具体例 |
始業前の準備、終業後の片づけ |
手待ち時間(夜間の仮眠時間、電話番の待ち時間) |
勉強会、研修 |
健康診断 |
始業前の朝礼 |
4.労働時間に該当しないケース
着替える時間がすべて労働時間に該当するわけではありません。労働時間に該当しないケースをいくつか解説します。
従業員の都合で着替えをしている
従業員都合で着替えを行っている場合は労働時間に含まれません。
会社の指揮命令に基づくものではなく、また業務上も必要ではないためです。例えば、終業後にプライベートで遊びに行く場合や、通勤時の動きやすさから私服で通勤し会社でスーツに着替えるなどの場合は労働時間として扱われない可能性が高いです。
すべてのケースで労働時間にならないというわけではないため、個々のケースで判断することが必要です。
通勤時に制服の着用が認められている
通勤時に制服の着用が認められている場合、着替え時間は労働時間に該当しません。
会社指定の制服があり、会社で着替えを行うことを義務付けていない場合には、制服での通勤も認めているものと解釈されるため、自宅でも着替えを行うことができ、場所の拘束を受けないことになります。さらに、通勤中は指揮命令下にないことも労働時間に該当しない理由の1つとなります。
ただし、会社での着替えを義務付けていない場合でも制服での通勤が困難な場合には、場所的制約があると判断される場合もあるので、それぞれの状況を個別具体的に判断する必要があります。
簡易な着替えのみ
簡易的な制服の着用の場合は、着替え時間は労働時間に含まれません。例えば、帽子の着用、ジャケットを羽織るなどの場合、短い時間で済ませることができ、ほとんど時間的な拘束がないためです。
具体例 |
朝の掃除(自主的に行っている場合) |
始業前のラジオ体操 |
休日の接待ゴルフ |
自宅待機の時間 |
出張の移動時間 |
5.着替え時間を労働時間とした企業の事例
着替え時間に関して労働時間として扱うとした事例をご紹介します。
イケア・ジャパン
イケア・ジャパンでは創業以来、会社指定のシャツ、パンツ、靴を着用して勤務することが定められていましたが、この着替え時間は労働時間に含まれておらず、賃金の支払いが行われていませんでした。
しかし、イケア・ジャパンは、この着替え時間に関して「法令の明文の規定がなく、判例上の基準が曖昧な部分があることから、実務上見解のわかれる点について不明確性をなくし、従業員有利の方向性で明確な取り扱いを設定する」として、2023年9月以降、1回5分、合計10分を1日の労働時間に含めることとしました。
6.正しく労働時間と扱わない場合の企業のリスク
着替え時間を正しく労働時間として扱わない場合、企業には様々なリスクが生じます。
賃金未払いの問題
労働時間に該当する着替え時間が発生しているにもかかわらず賃金の支払いを行っていない場合、未払い賃金の請求を受けることになります。
着替え時間を含めた労働時間が法定の労働時間を超える場合は超過分について通常の賃金+割増賃金(25%)を支払う必要があります。さらに支払いを怠っていると遅延損害金(年3%)がプラスで発生します。
着替え時間の加算を放置していると労働審判などの訴えを起こされる可能性があります。
罰則の適用
着替え時間の賃金を支払わない場合、罰則を受ける可能性があります。
労働基準法24条では賃金に関する規定があり、未払いの場合30万円以下の罰金が科せられます。
着替え時間が残業時間にあたる場合は、残業代の未払いに関する規定が適用され、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金と明記されています。
企業の評判の低下
賃金未払いの問題や、罰則が科せられた企業に対して企業の評判が低下し、人材の確保が困難になる・取引先との関係悪化など様々なリスクが考えられます。
勤務する従業員によって自社の悪評がSNSなどを通じて拡散される可能性もあります。
こうした悪評が立つと企業へは厳しい視線が向けられるため企業の存続にも影響を与える可能性が高まります。
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7.リスクを回避するために企業に求められる対策
企業がリスクに対して行っておくべき対策をご紹介します。
ルールの明確化
就業規則、労働条件で着替えに関するルールを明確化しておくことで、使用者・労働者双方が労働時間にあたる行為を確認できます。
しかしルール上、着替えが労働時間にあたらないと判断される場合であっても、慣例上、労働時間にあたるような実態がある場合には労働時間にあたるため、ルールのみではなく実態で判断する必要があります。
適切な労働時間の把握
ルールを明確化しても実態が則していない場合、実態を重視して判断する必要があります。そのため、就業規則上に明記はないが、慣例で所定労働時間外に準備を行っているということがあれば、労働時間にあたり賃金の支払いが必要となる可能性があります。
就業規則、労働条件の見直しと合わせて実態の把握を行うようにしましょう。
あらかじめ給与に反映
着替え時間は人によって異なるため、個人毎に判断するのは現実的ではありません。そのため、「1回5分」「1回10分」などの条件を決めておき、時間分をあらかじめ給与に反映させておくことが望ましいです。
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8.まとめ
企業は労働時間を正しく把握する必要があります。正しく管理ができていない場合、企業にはリスクが生じる可能性があります。
着替え時間に関して、今一度自社のルールを確認・見直しを行いましょう。就業規則などで明示しておくことは大切ですが、実態で労働時間か否か判断されるため実態の把握も大切です。
正しく管理を行い、企業と従業員が共通認識を持てるよう改善を行いましょう。
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